「ドーハの悲劇 1993年10月28日から丸24年」知られざるカズの涙! 

1: サムライ 2017/10/29(日) 09:11:57.44 ID:CAP_USER9
今年もまた“あの日”がやって来る。

1993年10月28日、後半アディショナルタイムに喫した失点でワールドカップ初出場が幻と化した残酷な瞬間。

日本サッカー界の大きなターニングポイントとなった“ドーハの悲劇”から、28日でちょうど24年を迎える。

中東の小国カタールに6カ国が集い、2週間で5試合を戦う過密日程で集中開催されたアメリカW杯アジア最終予選。

悲願のW杯初出場に王手を掛けていた日本は、勝てばアメリカ行きが決まるイラクとの最終戦で2-2の引き分けに終わり、天国から地獄へと突き落とされた。

6時間の時差があった日本だが、深夜にもかかわらずテレビ中継は高視聴率を叩き出していた。

まさに列島全体がショックで声を失い、悔し涙を流し、サッカーの怖さを初めて思い知らされた形となった。

 
この「ドーハの悲劇」には、知られざる“続編”がある。

■知られざるカズの涙

衝撃の敗退から一夜明けたドーハ市内のホテル、AFC(アジアサッカー連盟)の指示で全6カ国が呉越同舟して宿泊していたシェラトン・ドーハのロビーに、
突然強烈なアルコール臭が漂ってきた。
チャーター便で帰路に就く日本代表が姿を現した瞬間だった。

キャプテンの柱谷哲二、司令塔のラモス瑠偉、守護神の松永成立らは、まだ呆然とした表情を浮かべている。
追いかけ続けてきた夢が無残に砕け散ってから半日余り。

あまりのショックにAFC主催の表彰式を全員が欠席し、それからも眠れぬ夜を過ごしたのか。
中にはアルコールの力を借りずにはいられなかった選手がいたことは容易に想像がついた。

声を掛けるのもはばかられるような状況の中、カズ(三浦知良)が近づいてきた。
お酒が苦手なカズはアルコール臭こそ発していなかったが、まだショックが癒えていないのか、目は真っ赤だった。

「成田空港に帰ったら、トマトかな……」

おもむろにこんな言葉を投げてきた。
カズの脳裏に浮かんでいたのは、雑誌か何かで読んだことのある1966年イングランド・ワールドカップだった。

グループリーグ最終戦で伏兵の朝鮮民主主義人民共和国代表にまさかの苦杯をなめ、決勝トーナメント進出を逃したイタリア代表が、帰国したミラノの空港でサポーターからトマトを投げつけられ、罵声を浴びた事件だった。

日本から遠くカタールへ声援を送ってくれたファンやサポーターはアメリカ行きを逃して激怒している――。
カズは覚悟していた。
だから「トマトかな……」と、思わず口にしてしまったのだろう。

当時はインターネットはおろか、電子メールもない時代。
ゆえにカズを始めとする日本代表選手は、日本国内で沸き上がっていた大フィーバーを知るよしもなかった。

いや、違うよ――。
当時、スポーツ紙でサッカー担当記者を務めていた筆者は、彼らに日本の状況を伝えようと、編集部からファックスで送られてきた10月29日付けの紙面をカズに見せた。

1面にはまさかの結末が大々的に伝えられ、そして2面と3面は見開きの形で上部に大見出しが連なっていた。

「胸張って帰って来い 忘れないこの感動」次の瞬間、カズが目頭を押さえ始めた。

彼の涙を見るのは2度目。
最初はわずか4日前の10月25日。
韓国相手に勝利を飾り、日本を単独首位に押し上げる値千金のゴールを決めた直後のことだった。

W杯やオリンピックのアジア予選で韓国に勝ったのはこの時が初めて。
それだけに感極まって涙腺が緩んだのだろう。
だが、歓喜の笑顔が飛び交う中でラモスだけが仏頂面だったことは有名なエピソードだ。

怒気を込めて「まだ何も決まってないよ!」と口にしながら取材エリアを通り過ぎていった姿は語り草にもなっている。

浮かれるな、とラモスは伝えたかった。
そして図らずもラモスが危惧した通りの結末を迎えてしまった。
一夜明けて、韓国戦後とは対照的な涙を流し、やや語気を強めながらカズは言った。

「これじゃあダメなんだよ」

>>2以降につづく

10/27(金) 11:50配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171027-00000006-goal-socc
no title
 


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2: サムライ 2017/10/29(日) 09:12:12.76 ID:CAP_USER9
当時、アジアからのW杯出場枠はわずか「2」。
アメリカ行きの切符はサウジアラビアと韓国が手にした。
日本は何も成し遂げられなかった。
だからこそ「感動をありがとう」という論調に違和感を覚えたのだろう。

1993年はJリーグが華々しく幕を開け、新時代が訪れた年でもあった。
プロ化の波に後押しされるように、日本代表も著しい進歩を遂げていた。
史上初めて外国人監督となったハンス オフトに率いられ、
1993年にアジアカップを初制覇。
W杯アジア1次予選も7勝1分けの無敗、28得点2失点という圧倒的な成績で勝ち抜いていた。

そのオフトジャパンをけん引していたのは、言うまでもなくカズだった。
1次予選は8試合で8ゴール。
最終予選でも1分け1敗という最悪のスタートを切り、最下位に低迷した状況で朝鮮民主主義人民共和国から2ゴールを叩き込んで蘇らせた。

オフト監督は2戦目まで採用していたカズと高木琢也の2トップを、この3戦目から中山雅史をセンターフォワードに据え、長谷川健太を右ウイング、そしてカズを左ウイングに置く布陣に変更。

トップ下でラモスが攻撃のタクトを振るった。
そして続く韓国戦もカズのゴールで勝利し、悲願成就へ王手を掛けていた。

迎えたイラク戦も前半開始早々にカズのゴールで先制。
後半に追いつかれるも、神懸かり的な活躍でスーパーサブからレギュラーを奪取した中山が69分に勝ち越しゴールを挙げる。

そして――イラクが右CKを獲得したのは、時計の針が後半45分を回った直後だった。
相手が選択したのはショートコーナー。
想定外の展開にあわててカズがボールホルダーとの距離を詰める。

しかし、疲労は極限まで達していたのだろう。
切り返した相手にあっさりと置き去りにされ、それでも食らいついて最後は必死に右足を伸ばしたが、クロスはそのわずか先をかすめていった。

距離にして10センチあるかないか。
それでも、「惜しかった」という言葉は何の慰めにもならない。
クロスを許した自分が悪い。

オムラム・サムランに決められたヘディングゴールの責任を一身に背負うかのように、カズはその場にひざまずいてしばらく動けなかった。

■日の丸への畏敬の念

世界を見渡せば、同じような経験をしたチームは枚挙にいとまがない。
この20日後、ホームでヨーロッパ予選の最終戦を迎えたフランスは、ブルガリアに終了間際の失点でアメリカ行きを逃している。

強豪と呼ばれる国々はそのたびに、悔しさを糧にはい上がってきた。
そこで原動力の一つとなるのは、ファンやサポーターから浴びせられる厳しいブーイングや忌憚のない批判。

だからこそ「これじゃあダメなんだよ」という言葉が、思わずカズの口を突いたのだろう。

静岡学園高を1年で中退し、日本をW杯に導くという大志を抱いて、単身ブラジルへ渡った。
苦労を重ねながらプロになったカズは、誰よりもブーイングや批判の意味を理解していた。

ただ、その一方でホッとした部分もあったのではないか。
プロの歴史が浅い日本に、独自のサッカー文化が宿りつつある。
日本代表の戦いぶりに魂を揺さぶられ、誰もが悔しさと悲しみを共有していた。

ともに手を取り合って、1998年のフランス大会を目指そう――見出しを通じてそんな思いが伝わったのだろうか。

ホテルを出発する間際、カズは小さな声で「ありがとう」とも言った。

あれから24年。
心技体ともに絶好調だった26歳のカズは、今年でプロ32年目を迎えた。
50歳になった今シーズンもJ2の横浜FCでボールを追っている。

「現役である以上は日本代表入りを目指す」
口ぐせにもなっている日の丸への畏敬の念。
その原動力はサッカーが誰よりも好きだという情熱と、“ドーハの悲劇”から一夜明けて、人知れず流した涙にあると今でも思っている。

文=藤江直人

写真
https://lpt.c.yimg.jp/amd/20171027-00000006-goal-000-view.jpg

4: サムライ 2017/10/29(日) 09:14:16.60 ID:2OcKqNnc0
こんなに寒い時だっけ

5: サムライ 2017/10/29(日) 09:15:02.28 ID:VeFFiaZN0
もんじゃは以下略

8: サムライ 2017/10/29(日) 09:17:06.32 ID:o5f/EGBH0
たしかカズが簡単にかわされてからのセンタリングだったよな

21: サムライ 2017/10/29(日) 09:35:07.88 ID:uvLtmGoZ0
>>8

ラモスが前線にパス送ってカットされたのがカウンター受けてCKになった原因

34: サムライ 2017/10/29(日) 09:59:50.02 ID:AuGhKk920
>>21
あのラモスの不用意なパスはもったいなかった

15: サムライ 2017/10/29(日) 09:25:30.97 ID:Vu1NBFwj0
翌朝パチンコ屋並んでたら若い奴はみんなサッカーの話でお通夜状態やった

30: サムライ 2017/10/29(日) 09:48:32.38 ID:DP1gXIJ60
翌日ショック予備校休んだわ

45: サムライ 2017/10/29(日) 10:22:34.75 ID:deCo9Plf0
92年から2002年までは日本サッカーが確実に前進しているって実感出来た
その中でも93-97は最高に熱かった
いつか日本代表がW杯優勝候補とか他から言われるようになったとしても
あのときの熱さを超えることは絶対にないだろう

54: サムライ 2017/10/29(日) 11:08:49.06 ID:uo1e6GKg0
>>45
個人的にはトルシエの時代の
ラボっていわれてた色んな選手試してる期間が楽しかった
シドニー世代が同世代だったんで
それまでの世代を軽々と乗り越えていく感じが頼もしかった

174: サムライ 2017/10/29(日) 19:23:05.17 ID:URJZwHuL0
>>54
俺は黄金世代と呼ばれたシドニー世代を
谷間世代と呼ばれたアテネ世代ではなく
谷底世代と呼ばれた北京世代が越えていくのが面白かった

シドニー世代うまかったけど、シュートが入らなかったよ
例のマジンガーZの動画見るまでもなく
北京世代は、本田も岡崎もしっかり仕留めるもんなあ。
日本人シュートうまくなったわ

178: サムライ 2017/10/29(日) 19:25:58.14 ID:EFzrR90J0
>>45
懐古厨と呼んで結構だけど、2002年の師匠のゴールが1番叫んだし感動する

自国開催だし中田、小野はもう世界で戦ってる
それでも、、それでもやっぱりダメなのか、、と先制されて気落ちしてた中であのゴールだったから

あー6月の勝利の歌を忘れないまた引っ張り出して見よ

200: サムライ 2017/10/29(日) 19:56:17.38 ID:URJZwHuL0
>>178
プールサイドでのバーベキューの時の中山ゴン
挨拶の時「ここは、ヒデ(中田)の言葉が必要でしょう」あれ秀逸だよな

あのチームは、クラブでの実績では中田英が突出していて、
やっぱりみんな中田英に対して遠慮というか、萎縮してた部分はあったと思う

最後は中田英がプールに突き落とされる
直後に中田浩二が「じゃあ俺も」とプールに飛び込む
すかさず「中田違いや!」という突っ込み

65: サムライ 2017/10/29(日) 11:21:17.60 ID:RDShzgvh0
ゴン中山がまだ大学生だったかな?スーパーサブでベンチウォーマーしてて オフト監督に向かって俺を使えって番組でカメラ越しにおチャラけて訴えかけてるの見た時は 軽いやっちゃなー って思ってたけど
試合出たら めっちゃ活躍してくれて 中山のプレイ見るたび 熱くなったわ

75: サムライ 2017/10/29(日) 11:36:41.49 ID:J23zdOP50
当時はJのスケジュールが過密過ぎてコンディションがかなり悪かったんだよな
事前にやったスペイン遠征も目的は疲労回復のバカンスだったとか

78: サムライ 2017/10/29(日) 11:38:55.24 ID:/ubAXMFM0
>>75
J開幕してないのでは?

79: サムライ 2017/10/29(日) 11:39:54.88 ID:uo1e6GKg0
>>78
してるよ
それで都並が
試合中のけがで骨折

96: サムライ 2017/10/29(日) 12:21:15.39 ID:+pkLiEsw0
そんなカズですが、フランス大会予選じゃ卵なげられてブチ切れ。
(´・ω・`)

104: サムライ 2017/10/29(日) 12:37:15.04 ID:dKA/bwB60
ドーハの時にスタジオで泣いてた岡田が監督になり、ドーハの時のただ2人だけの得点者カズと中山のツートップが4年後のW杯出場を賭けた最後の試合で復活し初出場を勝ち取るというストーリーはフィクションでは書けない

107: サムライ 2017/10/29(日) 12:42:31.65 ID:sZiaYs7J0
健太はガンバ勇退だけど、高木2位、井原3位、森保は東京五輪監督

ヴェルディ組以外は頑張っとるな。

111: サムライ 2017/10/29(日) 12:48:45.28 ID:tH+Nw4Az0
ワールドカップに出場した世代が代表のコーチ、監督になるまで
もう少し時間がかかるな。

119: サムライ 2017/10/29(日) 13:12:54.59 ID:ZvzbOo2c0
トマトじゃなくてタマゴを4年後に投げつけられてたな

138: サムライ 2017/10/29(日) 16:14:42.00 ID:yYp4W/Fb0
中山の泥臭いfwの系譜は岡崎に引き継がれいてる
カズのコネて特に突破もしないサーカスサッカーは必要だったのか謎

145: サムライ 2017/10/29(日) 17:43:09.14 ID:5lOmhwJz0
悲劇ってほど強くなかった
FIFAが身びいきしてジャッジを総動員してでも日本をW杯に行かせたかったのに
それでも駄目だった程度の実力
今の中国より多少マシだった程度

149: サムライ 2017/10/29(日) 18:04:21.15 ID:Au1fw0QN0
武田はな…
あんな大事なときにユニフォームの襟立ててピッチに入ってきて
試合に集中してないな、と思ったらあのタイミングでまさかのセンタリング
選手の疲労が限界だったあの状況なら後からピッチに入ってきた選手ならキープでよかったんじゃないか、といまだに思う

150: サムライ 2017/10/29(日) 18:05:09.91 ID:mA+/hVjn0
もう24年になるのか
あの試合の後沈んだスタジオで
思わず泣き出した解説の人がいたような・・・
歴史的な日だったわ

167: サムライ 2017/10/29(日) 19:07:05.79 ID:URJZwHuL0
>>150
ドーハの悲劇 試合後

NHK 現日本サッカー協会会長・副会長の2ショット
https://www.youtube.com/watch?v=z4hUFnoNUFk

テレ東 釜本「これでまだ俺がキングでいられるわ」安堵の笑顔 柱谷号泣
https://www.youtube.com/watch?v=5qqc82d_9Dg

165: サムライ 2017/10/29(日) 18:59:02.06 ID:q4J/R42H0
当時は小学生だったがあの韓国戦のゴールはマジで感動したな

今まで韓国には何十年勝てていません!って散々テレビで煽った状態であれだからな

やっぱり名前だけじゃなくて実際のスターだったよあの時のカズは

185: サムライ 2017/10/29(日) 19:37:11.43 ID:TT/gcbLW0
カズは成仏できない生霊みたいになってしまったな
ワールドカップに出ない限りは成仏できない

217: サムライ 2017/10/29(日) 20:30:25.85 ID:dRSuw37F0
ドーハの悲劇
アトランタオリンピック
98年WC
ワールドユース
中田セリエA活躍
シドニーオリンピック
02年WC

ここまでの日本サッカーの流れは本当に面白かった
こんな興奮はもう一生味わえない

引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1509235917/0-


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