人工知能やロボットが社会を変える将来人間はどのように社会を捉えて生きるべきなのか?

人工知能やロボットが社会を変える将来、人間はどのように社会を捉えて生きるべきなのか?

コンピューターで人間の知能を再現する人工知能 (AI)の研究開発が進み、スマートフォンのアプリが写真の内容を判断してシェアすべきものを探し出してくれるという風に、いつの間にか身近なところにまで取り入れられるようになっています。
このままAIを含む機械の進化が進むとこの先の社会はどのような姿になるのか、コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーが四半期ごとに発表しているコラムで語られています。

Where is technology taking the economy? | McKinsey & Company
https://www.mckinsey.com/business-functions/mckinsey-analytics/our-insights/where-is-technology-taking-the-economy

2010年代に入り、人工知能は人間の理解を上回るペースで進化を続けています。
2017年には、DeepMindの人工知能「AlphaGo」が人類最強の棋士を碁の勝負で破ったかと思えば、そのおよそ半年後には誰に教わることもなく世界最強に達したという出来事も起きていますが、開発の進む自動運転カーに搭載されるAIや、株取引がAIで自動化されたり、データさえ与えれば人間のような文章を書くAIが生まれたりと、知らない間にAIが社会の中に入り込んでいます。

めまぐるしく変化をしている真っ最中の社会ですが、人間はこれまでにも同じような変化を幾度となく繰り返してきました。
古くは農耕が始まったことで人々が定住するようになって大きな社会が生まれ、18世紀に起きた産業革命では工業や経済が大きく進歩し、人々の社会もそれまでとは大きく変化。
そして20世紀後半から21世紀にかけて、コンピューター技術のめざましい進化による「産業革命以来の大変化」によって、生活が大きく変化したことを実感している人も多いはず。
このように、最初はおそらく「木の棒」などから始まったであろう「道具」を使うことで、人間は徐々に世界の在り方、または「生産の方法」を変化させてきました。

しかし、これまでの変化と21世紀の変化が大きく異なるのは、「技術が人間を追い越そうとしている」という点にあります。
コンピューターも根本的な原理は「ただの計算機」ですが、その計算機をとてつもない速さで動かし、とてつもない台数で並行処理させることで素早く、しかも正確に答えを出すことを可能にしています。
これまでは、コンピューターは「人間に与えられたプログラムにしたがって処理を行って答えを出す計算機」でしたが、長年の構想を経てついに実用段階に入った人工知能のように、自分で考えて判断することができるように変化を遂げてきました。

このトピックを語るときに、必ずといって良いほど登場するキーワードが「テクニカル・シンギュラリティ」、または単に「シンギュラリティ」という言葉です。
技術的特異点と訳されるこの言葉は、まさに「人工知能が人間の能力を超える」ということを指しています。
人工知能が人類最強棋士を破ったように、すでにいくつかの分野ではシンギュラリティに到達しているとみられます。
コンピューターがカメラを通してそこにある物を認識し、人の声を聞きわけ、尋ねられた質問に音声で答えを返し、自分で情報を集めて自然な文章を書く、といったまるで人間のような反応と行動をコンピューターがごく当たり前にやってしまう状況は、もう珍しいものではなくなってきているといえます。
つまり、これまでは道具の1つとして使ってきた技術が、いま初めてその「使い手」である人間を追い越そうとしている時代に我々は生きています。

そんなコンピューターが突如として身に付けたのが、「他者とつながる」という能力。
声や身ぶり、表情でコミュニケーションが可能な人間はもとより、特定の化学物質を分泌することでエサがある場所を相互に教えあうクラゲなど、他者と共存して相手の行動に合わせて対応するというのは、これまで生き物だけが取れる行動だったのですが、いまやコンピューターにもその能力が備わるようになっています。
猛スピードで空を飛ぶ戦闘機や、自律走行する自動運転カー同士が相互に連携して衝突を防いでいるのはその最たる例で、これまでは主に単体で存在してきた人工知能が他の存在を認識して、相手との関連の中で自分の判断を下せるようになったことで、人工知能はいまや「社会性」を持つようになったとすらいうことができます。

もはや、全てのコンピューターを一括で管理する仕組みは必要なく、個々のコンピューターが存在し、その個々が集まることで社会が形成されるようになるとすると、これはもう人間とは別の「コンピューターの社会」が存在し、人工知能の「集団行動」が生まれることになってきます。
もとは人間をはじめとする動物も個体としての存在が基本にあり、集団で生活することで社会が生まれ、その中で新たな社会に対する概念が生まれて培われてきましたが、人工知能はいま、そんな社会性を身に付ける段階にあるといえるのかもしれません。
そしておそらく、そこには人間が介在する必要がありません。
事実、AlphaGoの新バージョン「AlphaGo Zero」は人間の手を借りずに全くのゼロ状態から碁の学習を開始して自力で世界最強になりました

そうなると「インテリジェンス(知)が『外の世界』にも存在するようになる」という変化が訪れることになります。
マッキンゼーは「これは非常に重要なことである」と強調しています。
15世紀から16世紀にかけて活版印刷が発明されて盛んになり、それまでは教会などに集中していたインテリジェンスが、教会の外へと大量に飛び出すことになりました。
「外の世界」にまでインテリジェンスが存在するようになったことは「知識の爆発」を招いて、後のルネサンスへとつながり、現在の社会の礎となりました。

我々がいま迎えようとしているのは、インテリジェンスが「人間の中」だけではなく、「外」にも存在する時代です。
この変化が以前よりもはるかに重要なのは、人間を超える能力を持つにいたるコンピューターがそのインテリジェンスを活用することになるという違いです。
以前は人間から人間へのインテリジェンスの移動でしたが、シンギュラリティを経てある意味では人間を超えた人工知能にインテリジェンスが移動するということになるため、その影響力を正しく測ることはまだ誰にもできません。
しかし、人間が持つ限界とは無関係な人工知能が新しい仕組みを作り出してくる可能性は十分に考えられます。
そしてこの変化は、ビジネスの世界にも十分に起こる得るものといえます。

そうなると、人類が直面することになるかもしれないのが「技術的失業」という問題です。
これまでは、生産の機械化・進化によって人間の仕事が減少することが問題とされてきましたが、人工知能が普及する未来においては人工知能やロボットが人間の仕事をなくしてしまうことが予測されています。
しかしこれは、人類がこれまでずっと担ってきた「富の生産」を人工知能やロボットが行うようになるということでもあります。
つまり、いまの人間社会で重要なことの1つが「仕事へのアクセス」(仕事につくこと)であるのに対し、AI・ロボットが富を生産する将来においては、「生産物(富)へのアクセス」、または「富の分配」がより重要になってくることを意味するとマッキンゼーは指摘。

マッキンゼーによれば、「富の分配が重要になる社会」では、これまでとは違う政策判断の基準の変化が発生。
自由市場主義的な考え方は難しくなり、社会は経済よりも政策に力点を置くようになるとのこと。
資本主義経済から社会主義、共産主義へと進むことをマッキンゼーが予測しているわけではないようですが、共産主義の問題点の1つである「サボっても給料は同じなので生産性が落ちる」という点は、ロボットに生産を任せるということであればクリアになるのかもしれず、ここでも従来の常識とは違う社会が生まれる可能性が感じられます。

人工知能やロボットが社会に浸透するであろう近い将来、人類はこれまでの社会に対する考え方とは異なる概念が生まれることを受け入れ、かつて人類が産業革命の時に経験してきたような大きな変化に対応して行くことが必要なのかもしれません。
また、その変化に順応できた人が、次の社会をよりよく暮らせる者になるのかもしれません。

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