元XJAPAN・HIDEの死の真相は?伝説のミュージシャンの生い立ちや意外な小中学時代

大物ミュージシャンたちもあこがれる元XJAPAN・HIDE(ヒデ)

死の真相や生い立ちを追った

現在も世界ツアー等を精力的に行っているXJAPANの元ギタリストであるhideさん。
1998年に逝去されるまで、XJAPANのギタリストとしてだけでなく、ソロ活動も行い、音楽シーンに影響を与え続けていました。
そして、彼の残した音楽と、彼自信のカリスマ的な魅力は、亡くなってから十数年経つ今なお色褪せることなく、当時のファンはもちろんのこと、生前のhideさんを知らない若者をも魅了し続けています。
この記事では、そんなhideさんの魅力に迫ります!

hideさんの生い立ち

小学生時代は内気な肥満少年だった

神奈川県横須賀市で飲食店を営む両親の間に生まれたhideさん。
両親は共に、忙しく家を留守にしがちな状況だったようですが、hideさんと弟のためにと、毎日沢山の夕食を用意してくれていた愛情深い家庭で育ちました。
hideさんも、弟を楽しませようと、イタズラをしては、弟を笑わせたり、泣かせたりと兄弟、親子みんなが仲の良い、円満な家庭だったようです。
しかし、小学生になると肥満体型だった少年hideさんは、先生や同級生からの心ない言葉に、どんどん内気な少年になっていってしまいました。

ROCKに出会った中学生時代

中学生の頃に友人の兄の部屋で海外のロックバンド「KISS」のレコードを聞いた瞬間、hide少年はこれまでに無い衝撃を受けました。
それから程なくして、祖母に頼み込み、エレキギターを買い与えてもらいました。
そのギターが、今現在でも高価なギターメーカーの「Gibson」のレスポールギターだったんです。
美容師として働いていたおばあちゃんは、当時横須賀の米軍基地を行き来することが多かったようで、露店で販売されていたのを見つけて買ってくれたのです。
Gibsonレスポールを手に入れたhide少年は、近所中の注目の的になり、知らない人がギターを見にくることもしばしばあったようです。
そうした中学生時代の始まりから、高校時代までのhideさんは、憧れのギターでひたすら練習の日々を過ごします。

横須賀サーベルタイガー結成からXへ加入

「バンドをやりたい」という思いで、軽音楽部のある高校に入学するも、思い描いたロックバンドの結成には至りませんでした。
そこで、当時一般の人は近寄ろうともしなかった「横須賀ドブ板ストリート」にバンドメンバーを探すために、単身乗り込んだhideさん。
徐々に、知り合いもできて、念願のロックバンドを結成することになりました。それが、当時横須賀を留まらず、関東でも名高いインディーズバンド「横須賀サーベルタイガー」でした。
バンドリーダーを務めていた、hideさんは理想のバンドを目指し、ストイックにメンバーチェンジを繰り返し続けていき、バンドの知名度を上げていきましたが、元々繊細な心を持っていた彼は、ある日、このままバンドメンバーを踏み台にしていく自分に疑問を感じ、失望していくのです。
そして、彼はバンドを脱退し、専門学校に通って資格を取得していた美容師として生きていくことを決意しました。
そのことを、当時千葉で活動していたXのリーダーである、YOSHIKIさんに電話で伝えたころ、思いもかけない言葉が返ってきました。
「Xに入らないか」
ギタリストとしてのhideさんの魅力に一目を置いていたYOSHIKIさんは、自信のバンドであるXへ誘ったのです。
hideさんは二つ返事で加入を了承し、晴れてXのメンバーとして、その後の音楽シーンに多大な影響を与えるギタリストとしての道を歩み始めたのです。

XJAPANのギタリスト、ソロ活動のヴォーカリストとして開花するエンターテイナーの資質

奇抜なステージパフォーマンスと、独創性ある衣装

hideさんの魅力は、これまでに見たことの無い奇抜なステージパフォーマンにあります。
ステージ上で狂ったように暴れまわるパフォーマンスは、Xの激しい音楽にマッチしていて、なんとも言えない、人を魅了する華があります。
そして、もう一つの魅力は、ステージ衣装にあります。
hideさんのファッションは時代を感じさせない、絶妙なセンスに溢れており、今の時代でも違和感の無い魅力があります。
Xの初期に着用していた衣装の中には、祖母のお下がりを使用していたということからも、流行や周りのファッションに左右されない、hideさんの確立されたファッション感覚があったといえます。

ソロ活動で表現した、新たな音楽

hide with Spread Beaver – ROCKET DIVE – YouTube

XJAPAN時代から行ってきた、ソロ活動は、XJAPAN解散後も精力的に行ってきました。
ミステリアスなXJAPANのギタリストとしての顔とは、違ったヴォーカル・音楽センスもファンを魅了しました。
そのソロ活動で発表した楽曲では、今でも多くの人に聴き継がれている名曲がいくつもあります。hideさんの楽曲に魅了されたミュージシャンも数知れず、多くのカバー曲が発表される程です。

Kumi Koda – Pink Spider(hide MIX) – YouTube

RIZE – ピンク スパイダー – YouTube

TERU (GLAY) 『TELL ME』 hide Seva C-aid – YouTube

XJAPAN解散直後の突然の死。死の原因は?

誰よりもXを愛し、最後まで解散に反対していた

今では、本人がテレビ番組などで語っているため、多くの人が知っていると思いますが、XJAPAN解散の原因は、ヴォーカルのTOSHIさんが宗教団体に洗脳され、脱退まで追いやられたことにあります。
TOSHIさんがYOSHIKIさんに脱退を申し出たときに、YOSHIKIさんは、TOSHIさんの歌声が無くなってしまう以上、XJAPANの音楽を作ることはできないと判断し、解散という決断を下しました。
hideさんは解散に猛反対し、新たなヴォーカルでの活動継続を強く訴え続けましたが、YOSHIKIさんの固い意志に、最終的には納得せざるを得ない状況となりました。そして、「いつかもう一度Xを再開しよう」という約束の元、1997年に伝説のバンドXJAPANは解散しました。

ソロ活動開始直後の死。

XJAPAN解散直後から、ソロでシングルを3枚立て続けにリリースするなど、精力的に活動を続けていたhideさんですが、1998年5月2日の朝に自宅で亡くなっているところを、同棲中の婚約者が発見しました。
ドアノブに紐をかけて、座った状態で首を吊っている状態だったことから、警察は自殺と判断し、捜査は終了しました。
亡くなる直前までテレビ番組の打ち上げで楽しく飲んでいたはずの彼が、何故突然死を選んだのでしょうか。

知られざる死の真相は?

遺書や自殺を仄めかすような前兆がなかったことから、自殺という判断には意を唱えるファンも多くおり、その真相は諸説あります。

■自殺と考えられる理由
自殺と考えている方々の中で一部の方の意見は以下のようなことが挙げられます。
・バンド活動解散後のソロ活動始動時に、レコード会社との意見の食い違いがあったことや、バンド解散に関して、繊細なhideさんは、表面上明るく振舞っていても、心の内に失望感が常にあり、お酒に酔った勢いで自殺を図ったのでは無いか。
・hideさんのソロ曲の中に、自分の死を告げるような歌詞があり、自殺願望があったのではないか。

■事故と考えられる理由
自殺ではなく、事故と判断する方の一部の方の意見は以下のとおりです。
・次のライブパフォーマンスで、首を吊るパフォーマンスを計画しており、その練習で実行したが、酔っていたこともあり、誤って首を吊ってしまったのではないか。
・ギタリストは、ストラップといわれる紐を肩にかけて、ギターを支えていることから、肩凝りになりやすく、特にhideさんは慢性的な肩凝りに悩まされていた。そして、マッサージとして、首を持ち上げるためにドアノブに紐をかけて、首を持ち上げようとしたところ、誤って首を吊ってしまったのではないか。

死の真相については、諸説ありますが、本当の真相は本人にしか分かりません。しかし、自殺であろうと、なかろうと、死の直前までhideさんは、懸命にバンド活動を続けていました。そして、その思いは音楽として今でも生き続けているのでは無いでしょうか。

今なお、留まることの無いhideさんの音楽

彼の死後、十数年経過した今でもhideさんの活動は行われています。
生前の未発表曲や楽曲を元に、当時のバンドメンバー達のアレンジによって、シングルやアルバムの発表、定期的にhideさんのイベントが開催、当時のライブ映像をライブハウスで上映するFILMGIGの開催、hideさんに影響をうけたミュージシャンによるカバー曲の発表等、その活動は留まることを知りません。
そして、こうしてhideさんが今でも活動し続けられる理由は、彼の素晴らしい楽曲や時代を感じさせないカリスマ性はもちろんですが、多くの仲間達やファンに支えられていることが一番の理由だと思います。
そして、それはhideさんの飾らなく、人懐っこさのある人柄が、多くの人々に愛され続けているからではないでしょうか。

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