香川照之と元嫁・知子夫人との離婚原因は不倫?父・猿翁との確執と複雑な家庭事情

ドラマや映画、そして歌舞伎役者としても有名な「香川照之」さん。最近では大河ドラマでの活躍も光っていますね!
しかし香川さんの経歴や家庭、そして学歴を調べてみると意外な事がわかりました!いったいどんなことでしょうか?気になります!

そこで今回は、俳優「香川照之」さんについてご紹介します!

香川照之のプロフィール

本名 香川照之
別名儀 九代目市川中車
生年月日 1965年12月7日 51歳
出身地 東京都
職業 俳優
ジャンル 映画・テレビドラマ・舞台・ボクシング解説者
著名な家族 父:二代目市川猿翁、母:浜木綿子、長男:五代目市川團子従弟:四代目市川猿之助

香川照之の経歴

香川さんは歌舞伎役者の二代目市川猿翁さんと女優の浜木綿子さんの間に生まれました。しかし猿翁さんが後に離婚・・・既婚者だった女優の「藤間紫」さんと再婚します。香川さんは本当の母「浜木」さんの所ではなく、藤間さんのもとで育てられました。

1989年にはNHK大河ドラマ「春日局」で俳優デビュー。
2004年には中国映画「故郷の香り」での準主演で、東京国際映画祭男優賞を受賞します。
2006年にはスタジオジブリ作品「ゲド戦記」で声優に初挑戦。
この頃から香川さんの名が知れ渡るようになり、2012年には九代目市川中車を襲名し、歌舞伎役者の道を歩みます。
最近では大ヒットドラマ「半沢直樹」にてライバルの大和田常務役を演じ、大活躍!最終回の土下座シーンはファンの間でも話題になりましたよね!

父・猿翁との確執

香川さんが複雑な環境で育てられたということもあり、香川さんと父の猿翁さんとは確執があります。親子の関係はほとんどなかったといってもいいでしょうね。
1989年、香川さんが俳優デビューする事が決まったと同時に、香川さんは父の元へ挨拶をいく事に・・・ほとんど親子らしい会話もした事がなかった香川さんですが、意を決して父のところに向かった訳です。
しかし父から放たれた言葉がひどい・・・

「大事な公演の前にいきなり訪ねてくるなんて役者としての配慮が足りません」
「すなわち、私は家庭と訣別した瞬間から蘇生したのです。だから今の僕とあなたとは何の関わりもない。あなたは息子ではありません。したがって僕はあなたの父でもない。」「あなたとは今後、二度と会う事はありません。」

これはもうひどすぎますよね・・・特に、「だから今の僕とあなたとは何の関わりもない。あなたは息子ではありません。したがって僕はあなたの父でもない。」というところ・・・
香川さんは自分が俳優になった事を父に報告する為に意を決して訪ねたのに、「僕はあなたの父でもない」と答えたんですよ!
本当にかわいそうです・・・相当複雑な関係だったんですね。

香川照之は東大出身?

父との確執があった香川照之さんですが、なんと東大出身というから驚きです!香川さんは小学生の頃から高校までは暁星学園に在籍。そして高校卒業後に東京大学文学部社会心理学科に入学しています!これはもうびっくりですよね。
しかし自分が東大出身という事はほとんど口にしなかったとの事。理由は役者の道を選んだ香川さんにとって学歴は関係ないと決めていたそうです。すごくかっこいいですね!!

香川照之が歌舞伎役者になった訳・・

香川照之さんは45歳にして歌舞伎の世界に入ります。普通、歌舞伎役者は子供の頃から厳しい練習を経て、立派な歌舞伎役者になります。しかし香川さんの場合は45歳という年齢で歌舞伎に挑戦します。しかも歌舞伎役者である父との確執もあるので歌舞伎からは目を背けているようでした。
ですがなぜ香川さんは歌舞伎役者になろうと思ったのでしょうか?

市川の名を絶やさない為に・・・

香川照之さんがなぜ歌舞伎の道を歩んだのか?
それは香川さんが市川の名を絶やさない使命感を感じたからだそうです。いままで父との深い確執がありましたが、しかし年齢とともに父の具合が悪くなり、病で倒れてしまう事がありました。これを見た香川さんが「市川の名を絶やさない」という使命感で「市川中車」を襲名しました。

これをきっかけに父との確執が解け、和解したとの事です。
これは当時テレビ番組でも大きく報道され、香川さんの行動に絶賛の声があがってしました。本当に香川さんはすばらしい人です!

香川照之が離婚?

父との確執も解消し、歌舞伎役者になった香川さんですが、2016年12月に21年間連れ添った妻と離婚しました。香川さんは離婚理由について「私の力不足」と答えました。

16年12月14日、離婚を発表した香川照之(51)。CAだった知子さん(46)と95年に結婚し、一男一女にも恵まれた香川。結婚21年目の電撃離婚の陰には、いったい何があったのか。本誌の取材で見えてきたのは、梨園妻となった知子さんが味わった“地獄のような日々”だった――。
 
12年に「六月大歌舞伎」で歌舞伎の舞台に立った香川と長男(12)。香川は市川中車として、長男は市川團子として梨園入りを果たした。それは、香川にとって“悲願”だったという。
 
「香川さんがまだ1歳のときに市川猿翁さん(77)と浜木綿子さん(81)が離婚。彼は母に育てられたため、45年にわたって父子関係は断絶状態でした。しかし香川さんは歌舞伎役者になる夢を捨てきれなかった。そのため父との和解を模索し、中車として梨園入りを果たしたのです。そこには『自分が澤瀉屋の看板名跡である市川猿之助を継げなくても、息子には何としても継がせたい』という思いがありました」(歌舞伎関係者)
 
梨園入り後は澤瀉屋の組織改革にも乗り出すなど、精力的に活動し始めた香川。それと前後して、知子さんの“戦い”も始まることとなった。
 
「それまで家事と育児に専念してきた知子さんにとって、梨園妻の務めを果たすことは簡単ではありませんでした。和服の着こなしや梨園妻としての仕事を学び、長男の踊りのお稽古送迎もしなくてはなりません。また長男のデビュー後は、演舞場で挨拶まわりにも奔走していました。さらに猿翁さんとの同居が始まると、介護の負担も重くのしかかることになった。彼女は目に見えて疲れているようでした」(前出・歌舞伎関係者)
 
だがそんな彼女を待っていたのは、先輩梨園妻たちからの“いじめ”だった。
 
「劇場ロビーで挨拶をする際も、知子さんにとっては知らない人ばかり。でも後ろ盾がない彼女には教えてくれる人もいないのです。そのうえ香川さんは父の後をついて回らなければならないため、現場は彼女が仕切らなくてはなりません。しかしそんな彼女への先輩妻たちの対応は冷ややかでした。面と向かっての嫌がらせはなかったものの、知子さんが挨拶をしても無視するなど“いじめ”のような状態が続きました」(前出・歌舞伎関係者)
 
さらに知子さんに追い打ちをかけたのは、長男への“陰口”だったという。
 
「伝統芸能の重鎮のひとりがブログで市川團子のことを“只の駄馬”と酷評したのです。名前こそ出していなかったものの、それが團子のことを指すのは明らかでした。自分だけならまだしも、息子まで攻撃された。そこで彼女の心は折れてしまいました」(前出・歌舞伎関係者)
 
本誌記者が最後に彼女を公の場で目撃したのは、14年11月。以来、彼女は梨園から姿を消してしまった――

まとめ

今回はドラマや映画、そして歌舞伎で活躍している「香川照之」さんについてご紹介しました。香川さんの経歴を見ると「父との確執」や「東大出身」、そして「離婚」など、壮絶な人生を歩んでいる事がわかります。
しかしそんな苦労を乗り越えてきた香川さん。今後の香川照之さんの活躍にきたいです!!

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