星野源の病気はくも膜下出血?後遺症に原因は?ウンコを漏らした&引きこもりにパニック障害の過去も?

星野源のくも膜下出血は再発しないの!? 後遺症や原因は!?

ウンチを漏らして引きこもり&パニック障害の過去も!?

星野源さんは、音楽家、俳優、文筆家と多岐にわかり活動をしている「2017年を征するビッグスター」です。

しかし、そんな星野源さんは、幼少期にはつらい過去があることを皆さんはご存知ですか?

また、昔からのファンがよく口にする「生きててくれてよかった」という言葉の意味をご存知ですか?

今回は、そんな星野源が患った病気の病名や原因、後遺症や、ウンチを漏らしてしまったり引きこもりでパニック障害という黒歴史な過去、彼女についても徹底調査!

星野源のプロフィール

本名:星野源(36)
生年月日:1981年1月28日
血液型:AB型
家族構成:父、母、本人
職業:音楽家、俳優、文筆家

星野源は小学生時代に辛かった過去が!?

ウンチを漏らした!? 引きこもりでパニック障害だった!?

小学生時代にクラスメイトの前で下痢であだ名は「うんこ」

小学生の時に大きくショックな出来事が星野源さんに降りかかります。

それは、クラスメイトの前でお腹を壊し下痢をしてしまった過去があるのです。

小学生という多感な時期にそのようなことがあったら大ショックですよね。

それ以来星野さんのあだ名は「うんこ」になってしまったんだとか。

その時のエピソードを振り返って星野源さんはこう言います。

小学校の頃から学校に行く度に「顔が暗くなっていった」って親が言っていて。あんまり記憶が無いんですけど。いわゆる社会的な場所に馴染めなかったんですよ。で極めつけは小3の頃にうんこを漏らしてあだ名が「うんこ」になって……。(『ゲストとゲスト』)

引きこもりがちな小学生時代

勉強や運動もあまり得意ではなかったことと、集団生活が得意でなく「馴染めなかった」と星野源さんは語ります。

その時は、大好きなマイケルジャクソンさんの音楽を聞いたり、漫画を読んだりして気を紛らわしては、生き返ったと感じるほどだったそうです。

当時は今のような人気者で陽気なキャラクターではなかったようですね。

小学生時代にパニック障害になった

星野源さんが幼少の頃は、上記のことが発端となりあらゆることが不安に思えるようになり、パニック障害になったそうです。

症状は、以下のようなものがあります。
・心臓がドキドキする
・吐き気やお腹当たりの不快感
・全身がピリピリ、ジンジンする
・めまいやふらつき
・このまま死んでしまうのではないかという恐れ

そんな毎日が続き薬を飲み始めたものの、このパニック障害は「自身の性格からくるもの」なのではないかと気づいたといいます。それ以降薬は止め、自分の性格として受け入れるように努力しました。

星野源が変わったきっかけは!?

中高時代に、演劇とギターに出会った

自由の森学園

自由の森学園

中学は、校則なし制服なしの自由な学校に進学

中学高校と自由な校風で有名な自由の森学園に入学し、高校も同校に進学します。中学時代からギターと演劇をやるようになり、授業をさぼっては廊下でギターの練習をしたそうです。もちろん、勉強もしていましたがそこまで校則が厳しくがなかったので、最低限レベルで頑張っていたのだとか。

自由の森学園エピソード

高校時代には、なんと学校のテラスに灰皿が置いてあったんだとか。先生も注意はするもののそれ以降本当に吸うかどうかは生徒の判断に任せていたそうです。校則もなく制服もない自由の森学園のように、のびのび過ごせる環境だったからこそ、自分の長所をたくさん伸ばせたのかもしれませんね。

中学時代に初めての演劇に声だけ挑戦

初めて演劇に声の出演を果たしたのは、星野源さんが中学時代の頃でした。演劇部の役者の人数が足りなかったという理由で急きょ頼まれ、それ以降星野源さんは、演劇部に所属します。それと同時並行で行われたのが、ギターの練習と作詞作曲活動とされています。このころから自分のやりたいことを見つけられたことはすごいですね!

自由な校風だったからこそ星野源さんは「好きなこと」に夢中になれた

ここは星野源さんのご両親も素晴らしいという話になりますが、このような自由な校風の学校に入学させることを勧められることは素晴らしい判断だったと思います。自分の子供が学校に行きづらくなっていることを認め、本人の生活しやすい環境を見つけたことで、今の星野源さんがあると思います。

星野源の笑顔の理由

当時、暗い性格をどうにかしようと考えたことがあったそうです。その時に考えたことは、「外見は変われないけど、内面は変われる」ということです。自分から心を閉ざすのではなく、自分から笑顔を作って友人との時間を過ごすようにしていたら、いつの間にか学校が苦にならなくなったとコメントしています。

高校卒業と同時に活動を本格始動する

19歳で人気バンド「SAKEROCK」を結成

19歳の頃からSAKEROCKというバンドを結成し、本格始動を始めました。そのデビューまでの道のりは厳しくいろいろな人から「星野君は、音楽の才能ないよ」だとか「星野君は、演劇の才能ないよ」と言われていたそうです。

才能よりも「好き」を大切にした

それでも星野源さんが自分の決めた道を続けられた理由は、「好きだから」と、『徹子の部屋』に出演していた時にコメントしていました。

「好きなことに夢中になることでその道を極める」という考え方をしている人だということが伺えますね。周囲から見ても、俳優業、音楽家、文筆家として活躍している星野源さんはいつも笑顔で楽しそうにして見えますね。

星野源の名曲をとことん紹介

『日常』(2011年)

星野 源 – 日常 【MUSIC VIDEO】 – YouTube

終始トンネルで歌う星野源さんが見られるPVも人気な『日常』。
歌詞の一部を少し推測してみたいと思います。以下の歌詞をご覧ください。

共感はいらない
一つだけ大好きなものがあれば それだけで

日々は動き 君が生まれる
暗い道でも 進む進む
誰かそこで必ず聴いているさ
君の笑い声を

あくまで筆者の推測ですが、ここで言われている「君」というのは「星野源さん自身」のことなのではないかと推測しています。というのも、先ほどご説明した星野源さんは「好きなことに夢中になるという生き方」をしている人です。その星野源さんの考え方として以下のことが考えられます。

・好きなことに夢中になることが自分を作ることになる
・楽しいことをする

上記のことは今までの人生から学んだであろうこととつながります。
※あくまで予測ですので、ご了承ください。。。

筆者がこのことを考えた時に、星野源さんから「夢中になること」の大切さを学びました。誰かに賛同されなくても、共感されなくても、自分が大好きなものがあれば、「日々が動き”自分”が生まれる」という人生論。本当に勉強になると同時に、感動しますよね。

『化物』(2012年)

星野 源 – 化物 【MUSIC VIDEO & Album Trailer】 – YouTube

サラリーマン風の星野源さんが歌って踊るPVで人気の『化物』という楽曲です。この曲に対しても、筆者の推測で曲の解説をしていきたいと思います。

誰かこの声を聞いてよ
今も高鳴る体中で響く
思い描くものが明日を連れてきて
奈落の底から
化けた僕をせり上げてく
知らぬ僕をせり上げてく

『化物』は、星野源さん自身に目指すものがあり、その目標に対して常に挑戦する姿勢を歌い合したものだと推測されます。

それは、自分が考えていることや望んでいることが、自分を作ったり、明日を連れてくるというような歌詞で表現されているのではないかと考えています。

また、このYoutube用のPVには、星野さんがくも膜下出血で入院した時の動画や病院の様子がそのまま映し出されています。当時の記録を通して、這い上がってでも自分の目指すところを常に挑戦する姿勢や、命を懸けている姿がこのPVを通して証明されているのではないでしょうか。

この曲を聞くことで、何か新しいことに挑戦しようとしている方や、現在自分が一生懸命にやっていることに対して負けない気持ちを持ちたい方は、『化物』を聞いていただければ、「まだまだ自分は死なないし、死んでも這い上がってやる!」という気持ちになれること間違いなしです。

『SUN』(2014年)

星野 源 – SUN【MUSIC VIDEO & 特典DVD予告編】 – YouTube

『SUN』は、PVが陽気でおもしろいです。是非、聞いてもらいたいので少しだけ解説をさせてください。

Hey J いつでもただ一人で
歌い踊り
何か 悲しいことが起きるたび
あのスネアが弾ける

君の声を聞かせて
雲をよけ世界照らすような

『SUN』という曲全体がマイケル・ジャクソンさんへの歌だとされています。

「Hey J」という歌詞があるのですが、この「J」がジャクソンの意味で使われていると言われています。

また今回引用した歌詞にある、「いつでもただ一人で歌い踊り」というのは、幼少期の星野源少年を支えたのはマイケルジャクソンの音楽であるということです。
先ほどもご紹介した通り、学校に馴染めない時は家でマイケルジャクソンさんの曲を聞いたり漫画を見たりしていたといわれているので、「何か悲しいことが起こるたびにあのスネアが弾ける」という歌詞を通して、マイケルジャクソンさんが支えてくれたことを表現しています。

「君の声を聞かせて」というは、マイケルジャクソンの声のことだったんですね。このことで、どれほど星野源さんにとってマイケルジャクソンさんが偉大な存在だったかということがうかがえます。

2009年ごろの星野源の彼女は、aikoで確定!?

2011年にaikoさんは「一般男性と熱愛」というタイトルで週刊誌に報道されました。その一般男性というのが、星野源さんなのではないかという憶測がファンの人たちから上がっています。確かに、星野源さんはかわいらしいお顔立ちですし、年上の女性からもモテそうですね!

上の写真は、aikoさんが引っ越した新居にたびたび訪れる星野源さんの写真です。よくaikoさんの新居に遊びに行っていたそうです。

星野源さんとaikoさんの出会いと交際のきっかけ

2009年に行われた星野源さんのライブイベントにaikoさんが訪れ、楽屋で話していた時に意気投合して、すぐに仲良くなったそうです。

お二人はお似合いですよね。

どのような会話をされていたのかとても気になります。

星野源さんとaikoさんの別れ

星野源さんとaikoさんが破局したのは2013年頃とされています。

その頃は、映画『地獄でなぜ悪い』に星野源さんが出演し、
二階堂ふみさんと共演をしたタイミングでもありました。

SNSに共演した二人の写真を計算したりして、仲睦まじい様子が見て取れました。

週刊誌や新聞にも掲載され、ネットでもニュースになったほどだったので、
信ぴょう性や注目度が高い内容とされます。

そのことが原因で、aikoさんとの距離ができ破局に至ったのでは、と噂されています。

献身的に病気を支えたaikoを捨てた!?

記事後半で詳しく記載いたしますが、2012年に星野源さんはくも膜下出血で2度も病に倒れます。

その際に、aikoさんは交際相手として献身的な看病をし、復帰まで支えたにも関わらず、翌年にはこのような状況になってしまうのでした。

aikoさんの気持ちを考えると、すこし、いやとてもつらいですよね。

さらに、aikoさんは毎年コンスタントに作曲をしてリリースしているのですが、2012年は星野源さんの看病のためか、新曲をリリースすることはありませんでした。

それくらい一生懸命支えたのに結局別れを選択した星野源さんは、罪深いですよね。

(今回は、星野源さんの魅力を知っていただくテーマだったのにすみません。彼も人間なので、こういうところもあります!)

aikoさんの『透明ドロップ』の意味は!?

2015年にリリースされた『透明ドロップ』という曲の噂をご存知ですか?
なんと歌詞カードに記載されていない歌詞があるそうです。その歌詞は以下です。

仕事だって嘘ついたね
あの時手を繋いだよね

上記の歌詞は、星野源さんにあてた内容ではないかとされています。
というのも、aikoさんは実体験を基にした曲しか作らないと言われていて、
最近まで付き合っていた男性が星野源さんだということを信じると、
星野源さんに向けて書かれた曲ということが推測されます。

そのため、星野源さんがだんだんとお仕事で忙しくなり心が離れたことを
「仕事だって嘘ついたよね」という表現をしているのかもしれません。

星野源はくも膜下出血だった!? 後遺症は!?

昔からのファンが「生きてくれててよかった」という理由

あああ

周囲の人間から「才能ない」と言われても音楽や演劇の活動を続けられた理由は、「好き」という気持ちが強かったからだそうです。だから続けられたとおっしゃっています。好きこそものの上手なれという言葉を体現している方ですね。とても尊敬します。

くも膜下出血を2度も患った過去

星野源さんは、2012年にくも膜下出血という命にかかわる病気を患いました。生活習慣などの後天的な要因はなく、遺伝などの先天的な要因がもとになっているだろうと主治医に告げられたそうです。人気絶頂の星野源さんが緊急入院したことは2012年大きくニュースになりました。

倒れたのは、名曲『化物』が完成した直後のことだった

星野 源 – 化物 【MUSIC VIDEO & Album Trailer】 – YouTube

星野源さんがくも膜下出血で倒れる直前に作成した名曲。

『化物』を作成した直後にくも膜下出血で倒れました。その直後にリリースされたこの楽曲は「次の僕が這い上がるぜ」という歌詞があるため、周囲からは自分が這い上がるという意味でとらえられたんだとか。しかし本当は2003年に共演した中村勘三郎さんをイメージして書いた曲だったと語っています。

勘三郎さんの歌を作ろうと思って、自分が感じていた、もっとこうなりたい、もっと面白い曲を作りたい想いとか、悩み過ぎて孤独になってしまう自分というものを、お話で聞いた勘三郎さんと重ね合わせて書いてみたら歌詞が書けたんです。

その後、星野源さんは以下のようにコメントしています。

勘三郎さんが天国から自分を戻してくれて、『この曲は僕のために作ったけど源ちゃんの歌にした方が良いよ』って言ってくれたような感じがして

昔からのファンは「生きててくれてよかった」と言う

そんな大病を乗り越えた星野源さんは、後遺症が残っていないことが奇跡と主治医に言われるほどの回復を遂げました。しかし、それ以降も星野源さんは体が弱いらしく、2017年8月にMステに出演した際にも「先日、熱中症で死にそうになった」と語っていました。ファンの心配は尽きないようです。

彼女のaikoさんの献身的な看護

aikoさんは、星野源さんが倒れたときに献身的な看護を行っていたそうです。そのため、毎年1曲は曲をリリースするaikoさんですが、2012年は新曲のリリースがありませんでした。信ぴょう性が増しますね。

ちなみに、現在は破局しているそうですが、これも噂の範囲ですので真相はさだかではありません。

「生きててくれてありがとう」と思わせる星野源の魅力

決して楽ではなかった人生

星野源さんの一番の魅力は、「決して楽はしてない」という点だと思います。星野源さんは正直、近所のおにいさん的な見た目をしているにもかかわらず、こうやって光り輝く偉業を成し遂げ、一大ブームを引き起こしていることが、ファンの心をつかんで離さないのではないかと思います。

同情や共感ではなく、いいものを届けたいという姿勢

共感って同じ事を経験している、同じ事を思っている人だけじゃないですか。だけど若い人が老夫婦の歌を歌っていて自分のことを投影するっていうのは共感とは違うと思うんですよ。だって経験してないわけだから。それは共感というよりもっと“いいもの”なんじゃないかって。人間は「ばらばら」だと思うので、一人ひとり。たとえば、双子でもぜんぜん違うだろうし、やっぱそれは共感っていうものでつないでしまうとすごくもったいないんじゃないかなって。それぞれが孤立したまま自分っていうものを持ったまま一緒にいる、みたいなことができないかなと。

最後に星野源さんの最大の魅力をご紹介します。それは、「いいもの」や「楽しいもの」を創りだそうとする姿勢を止めないところです。3つの職業を掛け持ちしても、どれだけ忙しくても、その姿勢は曲げないところにも多くのファンが心惹かれていると思います。

ニューシングル『Family Song』の歌詞に込めた想い

星野 源 – Family Song 【MUSIC VIDEO & 特典DVD予告編】 – YouTube

ニューシングル『Famliy Song』の歌詞を引用します。星野源さんの想いが込められた重要なサビ部分です。

ただ 幸せが
一日でも多く
側にありますように
悲しみは
次のあなたへの
橋になりますように
遠い場所も繋がっているよ

まとめ

星野源さんの魅力は伝わりましたか?

今後も、星野源さんが創りだす曲や演劇やエッセイが楽しみですね。

きっと私たちをたくさん笑わせてくれたり、幸せにしてくれることでしょう。今後の活動に期待大です!

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